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東京高等裁判所 昭和63年(行コ)18号 判決 1988年12月12日

控訴人

宇都宮地方法務局塩原出張所

登記官

宗像英世

右指定代理人

遠山廣直

竹野清一

細田進

被控訴人

中島敬治

右訴訟代理人弁護士

岩本義夫

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

(本案前)

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人の訴えを却下する。

3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決

(本案)

主文同旨の判決

二  被控訴人

控訴棄却の判決

第二  当事者双方の主張及び証拠関係

原判決七枚目表二、三行目の「その旨の所有権移転登記が経由され」を「同人のために所有権保存登記が経由され」と改め、当審における当事者双方の主張として次のとおり付加するほか、原判決事実摘示及び当審記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人

1  地目変更登記申請を却下する決定の処分性について

表示に関する変更登記及び同登記申請却下処分自体は、何ら土地所有者の権利義務を形成し、又はその範囲を確定する効力を有しない。それにもかかわらず、申請権に関する規定が存在することを理由に右の却下処分を抗告訴訟の対象とすることは、本来訴えの対象とされない行為を別異の構成をとることによって訴えの対象に取り込もうとするものであって、このような方法を是認すべき特段の合理的な事由がない限り許されるべきではない。そして、右の却下処分につき特にこのような構成をとってまで抗告訴訟の対象とすべき特段の合理的な事由は存在しない。

2  本件土地の農地性について

登記の地目を認定するに当たっては、当該土地の現況及び利用目的に重点を置き、部分的に僅少の差異が存在するときでも土地全体としての状況を観察して定めるものとされている(不動産登記事務取扱手続準則一一七条)。そして、田や畑は耕作をしないで放置しておくと雑草が生い茂って原野に近い様相を呈することは否めないが、その場合にも、田や畑の形状が残っているか否か、雑草の種類、その繁茂の程度、雑草が容易に除去できて耕作地に回復することが困難といえるか否か、その形質が人工的に変更されたものか否か、更には、現況の土地の利用が本来的な利用か一時的な利用か、人の手の入っていない原野と本質的に同一に扱うべきか否かという観点から農地性の有無を判断すべきものとされている。

そこで、これらの観点から本件土地について検討するに、本件土地には畝の跡が数箇所に存在すること、本件土地に繁茂している雑草はすすき、隈笹であって、耕作を止めてから自生しているものであり人工的な改変は加えられていないこと、特に二六〇番一の土地の表土は本件決定時には比較的柔らかく、その後もスコップを土中に入れることが容易な状態に保たれていること、本件土地を耕作地として復元するためには昭和六二年当時において八三万円要するものの、右費用は本件決定時にはより少ないものであるということができ、右費用が本件土地の競売価格(合計三五一万円)に比し著しく高額ともいえないこと、また、本件土地は耕作地が放置されたにすぎない土地であり、本来営農地として利用されることが予定されている土地であることからすれば、本件土地の現況はいまだ農地性を失っていないと認定されてしかるべきである。

しかも、本件土地は農業振興地域内に所在する土地であり、周辺土地はいずれも畑として現に耕作中の土地である。農業振興地域の指定は、農業の振興を図ることが相当であると認められた地域について、農業の健全な発展を目的としてなされるものであり(農振法一条)、農業振興地域にあっては地域全体を農用地等として合理的に利用することが要求されている(同法六条)。したがって、農用地区域内にある土地が指定された用途(農用地)に供されていない場合には、目的達成のため特定利用権の設定を含む措置をとることができるとされており(同法一四条以下)、他方、農用地区域内においては開発行為や農用地等以外への転用も制限されている(同法一五条の一五以下、一七条)。そうであれば、農業振興地域に指定されていること自体、その土地の利用目的が制限されていることを意味するのであるから、このことは本件土地の農地性を判断するに当たっては十分考慮されるべき事情である。そして、本件土地を安易に原野(非農地)と認定することは、右農業振興計画を阻害することはもとより、本件土地が耕作されない土地であることから生ずる害虫の発生等、周辺の耕作地に対する悪影響を助長することにもなり、許されるべきではない。

このような本件土地の周辺の状況やこれが農業振興地域内の耕作地であったことからすれば、その利用目的は農地というべきであり、この点からも本件土地はいまだ農地性を有しているというべきである。

二  被控訴人

1  控訴人の前記主張はいずれも争う。

2  本件土地の農地性について

農地性の認定はその土地の客観的事実状態を基準とすべきであって、農地とは、現に耕作されているか、又は耕作されていなくても一時的な休耕地であって、耕作しようとすればすぐ耕作できる土地であると客観的に認められるものをいう。

この観点からすれば、本件土地は、その何割かについてはいまだ農地として荒起しすらされず原野のまま放置されていた土地であり、また、かつて耕作されていた部分も、放置されて既に十数年経過しているため隈笹やすすきが全面に密生し、根張りが厚く層をなしていて、機械力によってしか復元し得ない状態になっている以上、農地とは到底認められない。

控訴人は、本件土地が農業振興地域内にあること、周辺土地が農地として利用されていること等を考慮すべきであると主張するが、農地性の認定基準は前記のとおりであって、県や村の政策であるとか、付近住民の主観的意図が農地性の認定にかかわりをもたないことは当然というべきである。

理由

第一控訴人の本案前の主張についての判断

当裁判所も、不動産登記法上、登記簿の地目の表示に重大な利害を有する当事者に地目変更登記についての手続上の申請権が認められており、登記官の地目変更登記の申請を却下する旨の決定は、右の手続上の申請権を侵害するものとして抗告訴訟の対象である行政庁の処分に当たると解するのが相当であると判断するものであるが、その理由は、原判決七枚目裏七行目から原判決一〇枚目裏二行目までの説示のとおりであるから、これを引用する。

したがって、控訴人の本案前の主張は理由がない。

第二本案についての判断

一請求原因一項及び二項の事実は当事者間に争いがない。

二そこで、本件土地の農地性につき検討するに、本件決定時の前後における本件土地の状況等の事実についての当裁判所の認定は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決一〇枚目裏七行目から原判決一五枚目裏七行目までの認定のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一〇枚目裏八行目の「第二号証、」の次に「乙第一号証、」を加え、同九行目の「乙第一号証、」を削除する。

2  原判決一一枚目裏九行目の「その後、」から同末行の「受けた。」までを「その後昭和四七年度に、本件土地を含むその周辺地域は、農振法六条に基づき農業振興地域、農用地区域に指定された。」と改める。

3  原判決一二枚目裏一〇行目の「記載をした」の次に「(なお、同人は、原審における証人尋問の際、現況地目を「原野」と記載したことにつき、これは原野状を呈しているということを言わば簡略化して記載したもので、むしろ不耕作地と記載した方が適切であったかと思う旨述べている。)」を加える。

4  原判決一三枚目表八行目の「宇都宮法務局」を「宇都宮地方法務局」と改める。

5  原判決一四枚目表二行目の「背丈以上の高さの」を削除する。

6  原判決一四枚目表三、四行目の「灌木が存在した」の次に「(これらの灌木は、防風、土留などの目的で植栽されたものであり、訴外江連が耕作を止めた後に自生したものではない。)」を加える。

三右の事実によれば、本件土地は、本件決定のなされた昭和五七年一二月一六日当時には、訴外江連がその耕作を止めてから約八年が経過し、その間荒れるに任せて放置されていたため、全体的にすすきや隈笹が密生し、また、二六〇番一の土地には小さな灌木も散在していて(なお、同地の中央部にある垣根状の灌木は、人工的に植栽されたものであるから、農地性が失われたとする根拠とすることはできない。)、原野に近い外観を呈していたことは否定することができない。

しかしながら、本件土地には、一部に畝の跡らしいものも残っており、表土も比較的柔らかい部分があったなど、いまだ畑の形状、形質が失われていたものではないし、これを耕作可能な状態に復元するには昭和六二年六月の時点で約八三万円の費用を要する(本件決定当時にはより少ない費用で復元できたものと推定される。)ところ、右は本件土地の競落価格合計三五一万円と比べてさほど高額ということはできず、したがって、機械力に頼る必要があるとはいえ、費用の面からすれば、本件土地を耕作可能な状態へ復元するのは必ずしも困難ということはできない。なお、本件土地は、前述のとおり農業振興地域、農用地区域に指定されていて、控訴人の主張するように、農振法の規定により農業上の利用の確保、促進が図られ、開発行為や農用地等以外への転用は制限されており、また、隣接地は現に畑として耕作されている事実に照らせば、本件土地の最も有効適切な利用方法が農地(畑)であることが明らかである。

以上の諸点を考慮すると、本件決定当時、本件土地はいまだ全体として農地性を失っていなかったものと判断される。

四したがって、本件決定に被控訴人主張の違法は存在しない。

第三結論

以上によれば、被控訴人の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきであり、これと異なる原判決は失当であって、本件控訴は理由がある。

よって、原判決を取り消したうえ、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文とおり判決する。

(裁判長裁判官森綱郎 裁判官友納治夫 裁判官河邉義典)

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